こんにちは、嘉村 朗です。
「げんきがよい!」の新しいエピソードを公開しました。
続きはリンクからどうぞ↓↓
シリーズのタイトルを冠したエピソード。
げんきがよいものを見つけたい、
げんきがよいものを喜びたい、
そうできる自分でありたいです。
こんにちは、嘉村 朗です。
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げんきがよいものを見つけたい、
げんきがよいものを喜びたい、
そうできる自分でありたいです。
こんにちは、嘉村 朗です。
きな粉のパンナコッタを作ってみました。
お客さんにお出ししようと思って、
いつもより丁寧に混ぜたり濾したり気泡を取り除いて作りました。
冷やしたところで気づいたのです。
お客さんはイスラム教の人なのでゼラチン(ブタ由来)出しちゃだめじゃん!って…。
危ないところでした。
きな粉パンナコッタはわたしが一人でおやつにいただきました。
すると、パンナコッタが3層に分離していたんです…!
一番底部にきな粉が、
真ん中に半透明のくず餅みたいな層が、
一番上が白い層。
調べてみると型に入れて急冷したのが原因でした。
分離しないように混ぜながらとろみが出るまで温度を下げる必要があるそうです。
お菓子作りは奥が深いです…。
こんにちは、嘉村 朗です。
初めてザワークラウトを仕込んでみました。
紫キャベツの色ってお皿が華やかになるので大好きです。
うまく発酵してくれますように〜
今回は室戸の天日塩で漬けました。
旅行先で天日塩を見つけると買ってみるようにしています。
各地の味の違いは全然覚えられてないんだけど……。そのまま舐めても美味しいなと感じますね。
わたしが実際に作って食べたヨーグルト種菌の感想です。
出来立ては極薄フィルムのような不思議なテクスチャでもっちり感が面白い。時間の経過とともにツルツル感が薄れていくがとろみはしばらく残っている。
とても美味しい。
お気に入り。
水切りヨーグルトにしてもモチッと感は残っている。
ベリー系の酸味のあるフルーツソースで食べるのが好き。
乳の味わいが感じられて美味しいヨーグルト。
継ぎ足すと酸味が出てきた。酸味があるヨーグルトもわたしは好きなのでそれはそれで気に入っている。
水切りヨーグルトにして食べるのもレアチーズケーキのようになって美味しい。
柔らかいヨーグルト。水切りするとすぐにホエーが落ちてくる。
乳のコク?乳の味が感じられて美味しい。夫にも好評。
ケフィアなので柔らかいテクスチャですが水っぽいわけではなく、たくさん食べたくなるヨーグルト。
水切りして料理やお菓子に加工するのも楽しい。
タニカのカスピ海ヨーグルトとは違うとろみと味。
とろみも味も既製品に近い。
わたしはタニカのカスピ海ヨーグルトの方が好み。種菌の価格が高い。
乳のコクが感じられて美味しい。
牛乳がお腹に優しい何かに変貌しているのを感じる。
蜂蜜との相性が抜群。
料理にも使いやすい。種継ぎしてたくさん作れる。
我が家のヨーグルトメーカーはタニカヨーグルティア。
納豆や麹やヨーグルト、鶏ハム、温泉卵と冬場は常時働いてくれています。夏は気温が高いのでヨーグルトの発酵は室温で十分かも……。真夏は暑すぎるのでカスピ海ヨーグルトを作るのはやめてしまうかも。(2025/06/12現在)
こんにちは、嘉村 朗です。
「げんきがよい!」の新しいエピソードを更新しました。
「三江子先生直伝 魔法のカレーの作り方~基本編~」です。
三江子先生の魔法のカレーレシピを初公開!
鍋に材料を入れてほったらかすだけの簡単レシピ!
わたしもこのカレーを作ってみたら夫に大好評でした★
(大好評だったけど三江子先生の作ってくれたカレーの味わいには程遠く、まだ何かが足りていない!だからこそ料理って面白いんだなと思いました。)
ぜひ作ってみてくださいね!
↑↑
三江子先生が作ってくださったカレー。アレンジして卵のピクルスが入っていたり、ココナッツミルク味になっていたり。
料理は科学だという考え方もありますね。
科学の実験や数学の公式みたいに、条件を同じにして材料をちゃんと計って手順を守れば誰がやっても同じものが再現できるはずだと。
わたしもそれを支持しますが、同時に、レシピどおりに作っても完全再現できない何かがモノ作りにはあることもお伝えしたいです。
作り手のマインドが、心が、そのまま創作物に出てしまう感じがある。
料理も同じで、計測できない味があること。
言葉にできない食体験があること。
どうして「魔法のカレー」という名前なのか、
三江子先生の料理が普通の料理といかに違うか。
今回の漫画ではまだまだそれをお伝えしきれないのがもどかしいです。
でも、一度で伝えられるものでもないのです。
だから何度でも挑戦して、モノ作りの魔法性を感じてもらいたいです。
ひとを楽しませるって何かな?
以前のわたしは「感情を高ぶらせる」とか、「気持ちを増幅させる」のがいいことだと思っていた。
漫画は読者をいかにドキドキわくわくさせるか、
気持ちの乱高下を楽しんでもらえるか。
それがエンタメじゃん!と信じてドキドキわくわくを提供しようと一生懸命だった。
現在のわたしはというと、
他人の心をどうにかしてやろうなんて、どうでもいいことに感じている。
「どうでもいい」というのは、どっちに転んでも良いねくらいの意味。
どっちも良いねと言えてしまうのは興味関心が消失しているからだ。
これは良いことだと思う。
では、わたしは現在何に一生懸命なのだろう?
しいて言うなら自然体な自分を探している。
どこにいても誰に囲まれていても自分らしくいられるように在りたくて、自分がどういうものかを探している。
答えを自分の外側に求めるのではなくて、
自分の心を観察して、身体の反応を観察して、
自分が一体どんな人間なのか、感じようとしている。
その答えを見つけたわたしが提供する「ひとを楽しませる」ものは
これまでよりずっとみんなのためになるのではないか
そんな予感がしている。