人は生きているだけで役に立っている。
そもそも、「他人のために役に立とう」なんて思わなくても、自然体にしているだけで周りの人の役にたっている。
自然体だから見返りを期待したりする必要がない。
自分にとって自然で当然のことをしているだけだから、相手の反応を見ようとする発想も湧いてこない。
当人にとって自然体でない親切や介助だから、自分がしたことに対する相手の反応を確認しようとしてしまう。
「思いやり」という言葉は常に自分の中だけにある心掛けのことを言うなのかもしれない。
「誰かに対して思いやりを持つ」ではなくて。
一人でいるときに思いやりの心を持つ、そういうものなのかもしれない。
思いやりは常に自分のそばに置いておくものなのかもしれない。
だって、自分の一挙手一投足が、自分のやること成すことすべてが、世界に影響を及ぼしていて、回り回って自分に返ってきてしまうから。
究極的には、思いやりのある行動だけをする人間になれということか。
自分自身への愛、自分自身への思いやりはそのままみんなのためにもなっているのだろう……。
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そんなことに気がついた今日であった。