低徊趣味ぶろぐ

漫画家・嘉村朗のブログ

わたしと言語 

昨日に引き続きわたしと言語のこと。

コメントをいただいてはじめて気がついたのですが、
自分が描いている漫画の中に出てくる言葉については
あまりストレスを感じません。
小説や論文や手紙が上手く書けなかったり、
口頭で話をするのが苦手だから
漫画を描いているという意識をもったこともありませんでした。

漫画の台詞やモノローグはわたしのものでなく、
キャラが思ったり話したりしているものですので
台詞に対して「そんなことが言いたいんじゃない…!」といった
もどかしい気持ちにならずに済みます。
わたしが描いているので癖などはあると思いますが、
キャラが話していることとわたしの気持ちは別物なのです。


わたしは言語が嫌いなのでなくむしろすごく好きです。
人間が使っている記号形態としての「言語」も英語や日本語みたいな「言語」も、
言葉も文字も大好きなのです。
ただ、漠然と不自由を感じているのです。

そんなとき枕元に置いてあったいがらしみきお先生の「ものみな過去にありて」を
なんとなく開いてみました。
「ものみな過去にありて」は先生のエッセイです。

「怒れる子ども」というタイトルのお話を読みました。
いがらし先生が生まれてからずっと怒ってばかりいるというお話で
どうしてそんなにずっと怒ってばかりいたのか理由がわかったと書いてあるのです。
でも理由が書いてあるようで書いてないのです。
「しかし、最近その怒りの理由がようやくわかりました。」という一文があるのに、
そのあとに理由が書かれていないのです…!!

 しかし、最近その怒りの理由がようやくわかりました。子どもの頃から、誰かにずうっとダマされているような気がしていましたが、あぁ、物ばっかり買わされて来た一生だったな、と思います。なんでこんなに物ばっかり買ったんだろう、バカみたいに。とにかく理由もわからずに学校に行かされて、学校に行く年齢が終わったら、突然「社会の一員」になり、とにかく働き、ボーナス欲しいだろとか言われて、オカネを稼いでなにか買って来ました。でも物を買うのは楽しかったろ、とか言われるとますます腹立ちます。ほんとに楽しかったので。(P.63)


理由がはっきり書かれていないようで書かれている「この感じ」が
わたしにはなんだかものすごくしっくりくるのでした。

他にも読むとハッとすることばかりの素敵な本です。
おすすめでございます…!
ぼのぼので泣けるひとは絶対キます。

ものみな過去にありて (仙台文庫)

ものみな過去にありて (仙台文庫)

そんなわけで言語が不自由で息苦しかったのが
少し楽になりました。
わたしはこの調子でこれからも
自分が感じている言語の不自由さについて
考えたり文にしてみたり手探りでやっていこうと思えたのでした。